Nayunayu先生 ~愛のある教室~

現場教師の24年間の実践理論

察する力

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察する力は、全てには理由があると考える事からはじまる。

否定せず、肯定したときに、察する力は発動する。

そういうものである。

それは迎合することではなく、忖度とはほど遠い。

相手を知ろうとする試みであり

相手を全面的に受け入れようとする営みである。

先入観を全て捨て去り、ありのままの相手を見ること。

相手のことを本当に分かりたいと決めること。

それなくして察することなどできない。

 

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下のチビ姫(4歳)が道の駅で突然すね始めた。

そういうモードと片づけることはできるが、何かあるはず。

道の駅でしばらくの間は機嫌が良かったのだから。

機嫌が悪くなった理由が存在するはずだが思い当たらない。

ただすねているだけとしてはいけない。

全てには理由があるのだから。

 

記憶をたどってゆく。

そういえば、今朝の朝ご飯は残していた。

残していたので、この日のおやつは無しだと通達されていた。

チビ姫は先のことを考えられないので、それでいいと楽しげだった。

道の駅に着いたとき、チビ姫はアイスコーナーを見ていた。

ただ見ていた。

食べたいとかも言わずに見ていた。

アイスコーナーを離れても普通だった。

それから数分後、チビ姫は動かなくなった。

もうそろそろ行くよと伝えても動かない。首を横に振るだけである。

 

私は近くに寄って

何か嫌なことでもあったのかい?と訊ねる。

チビ姫は首を横に振る。

じゃあ、だっこしようか?と訊ねる。

チビ姫は首を横に振ってすねた表情を見せる。

もしかしてアイスかい?と訊ねる。

チビ姫は小さく首を縦に振る。

そうか、アイスが食べたかったのか。

チビ姫は少し恥ずかしそうに、首をさっきよりも大きく縦に振る。

 

・・・じゃあ、食べよっか。

チビ姫は笑顔になる。

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そして、アイスコーナーへ駆けてゆき、嬉しそうにアイスを選ぶ。

おやつは抜きだとしたことを撤回するのは少々心苦しいが

それよりも大切な事は

察してもらったという経験をさせること。

その経験が多くなればなるほどに

チビ姫は察することのできる人に成長するのだから。

 

全ての行動には必ず理由がある。

理由が分かれば察してあげることが可能になる。

訳が分からない子どもの行動が見られたときは

察する力を発動する機会が訪れたと喜ぼう。

 

察してもらった子は嬉しいだろうけれども、察することのできた自分はもっと嬉しいはず。喜びはかけ算のように倍増する性質があるのだから、見逃してはいけない。